つれづれもふふ
1 year ago
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一 読書思索観察の三事は小説かくものの寸毫(すんごう)も怠りてはならぬものなり。読書と思索とは剣術使の毎日道場にて竹刀(しない)を持つが如く、観察は武者修行に出(い)でて他流試合をなすが如し。読書思索のみに耽りて世の中人間実地の観察を怠るものはやがて古典に捉はれ感情の鋭敏をかくに至るべく、己(おのれ)が才をたのみて実地の観察一点張にて行くものはその人非凡の天才ならぬ限り大抵は行きづまつてしまふものなり。

前の二事は草木における肥料に等しく後の一事は五風十雨(ごふうじゅうう)の効(こう)あるもの。肥料多きに過ぎて風に当らざれば植木は虫がつきて腐つてしまふべし。さればこの三つ兼合(かねあ)ひの使ひ分けむづかしむづかし。

»永井荷風 小説作法
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